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神戸簡易裁判所 昭和34年(ろ)569号 判決

被告人 曹こと曹弼承

昭七・五・二七生 店員

主文

被告人を懲役一年二月に処する。

未決勾留日数中百日を右本刑に算入する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一、昭和三四年七月一〇日午前一時過頃、神戸市兵庫区今出在家町二丁目先新川運河船着場において、同所に繋留していた朴有万所有(所有名義は同人の妻朴春子)のチャッカー船(三〇馬力モーター付)一隻(時価九十五万円相当)を窃取し

第二、氏名不詳者二名と共謀のうえ、右同日午前一時半頃、前記チャッカー船を操り、神戸港第三突堤M岸壁東海上約五十米の沖合に繋留中の機帆船開喜丸に至り同船に乗り込み、その積荷である勇海運株式会社々長林勇保管にかかる硝子製水差し並びにコップ六打入梱包・果物入容器三打入梱包各一個(時価三四、六〇〇円相当)を窃取したものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、判示第一の所為につき、被告人は、判示チャッカー船を乗り出すに当つては、使用後これを返還する意思であつたばかりか、現に使用後はこれを発船した船着場に持帰つている事情にあるから 不法領得の意思なく、いわゆる使用窃盗に当り、窃盗罪は構成しない、と主張し、被告人も亦、右チャッカー船は、使用後返還する積りであつたからこそ、警察の警備艇に追われながら、なおも元の船着場まで乗戻つたのである旨申立てている。よつて、この点について判断するに、およそ、窃盗罪が成立するためには、不法領得の意思を必要とすることは判例の示すところであるが、行為者が権利者の意思を無視し、あえて、これを無断使用する(いわゆる使用窃盗)の場合、これが不可罰たるためには、少くとも財物の所持が被害者から完全に失われていない場合であり、そしてその限度においてのみ認められるべきものである。すなわち、返還の意思をもつてするきわめて短期間の使用であつて、その物が被害者の許に容易にかつ安全確実に返還され得るような場合に限られ、しかも、使用それ自体が著るしくその物の価値の消費を伴うことなく、通常その物の権利者としてこれを認容できる程度の使用にして、かつ、そのことが公序良俗に反しないと認められるような場合でなくてはならないものと解され、いやしくも、行為者の客観的な使用形態が、右の限度を越えたと認められるような場合は、もはや、行為者の返還意思は問題でなく、仮に使用期間が短期間であつたにせよ、権利者がその物を自由に利用処分できるという権利を完全に排除する意思があつたものと認めるのが相当であり、使用窃盗とは言えないものと解される。ところで、本件についてこれをみるに、一件証拠によるも、被告人は犯行当時、本件チャッカー船を他に売却処分したり、又、乗りすてしよう等と企図したりした形跡は認めることはできないが、前掲証拠を綜合すれば、被告人が、本件のチャッカー船を無断で持出したのは、判示第二記載の共犯者と共に記載の如き犯行を敢行するためであつたこと明らかであつて、しかも、被告人はその前日である七月九日午後四時頃、本件チャッカー船の権利者である朴春子に、又、同日午後八時頃には、同人の夫朴有万に対し、それぞれ右チャッカー船の貸与方を申入れたのであるが、いずれも該船が進水して間もない新造船であつたことや、殊にその使用時間が夜間に及び、かつ、その目的がはつきりしなかつた等のため、言下にこれを拒否されるに至つたこと。然るに、被告人は、共犯者との約束(判示第二の犯行)があつたので、あえて、その夜(十日)午前一時過頃に至り、ひそかに判示船着場に繋留中の本件チャッカー船を持出し、これを運転して約三・五粁も離れた判示第二の犯行現場に乗りつけ、挙示の物品を窃取し、これを同船のいけすに隠し、元の船着場に持帰るべく帰途についたこと。ところが右現場より約一・八粁余り離れた神戸港内川崎造船所沖合No.11号浮標附近まで戻つたとき、港内巡視の警備艇に追跡されているものと思い誤り、これを避けるべく更に南西沖合に向い逃走し、同所より約一・二粁余り離れた和田岬防波堤附近に船を着け、共犯者二名を上陸逃走させたうえ、その後は被告人において、該チャッカー船を操り、賍品を積載したまま同所より約八〇〇米離れた元の船着場に戻るべく新川運河方面に向つて進行中、遂に新三菱重工業株式会社第六突堤先海上附近で前示警備艇に発見され、その追跡を受けるや、全速で新川運河に向い逃げ去り、ほぼ元繋留していた附近に逃げ込むと同時にこれを追つて来た右警備艇の警察官に捕り、職務質問を受けるに至つたが、右質問中その隙をうかがい、艀を伝つて上陸逃走したものであることが認められる。ところが、被告人は、警察、検察庁の取調では、終始自己が本件チャッカー船を持出したことを否認し「人が乗りすてていたものを持帰つてやつたものに過ぎない。」旨弁解していたものである。

以上の事実によれば、本件の場合、被告人において使用後返還する意思であり、かつ、たまたま前示のように登船した場所附近にこれを持帰つた(むしろ本件の場合は元の場所に逃げ戻つたと認めるが事実に合致するものである。)としても、前示の如く、権利者においてこれが使用を拒否しているにかかわらず、あえてその直後これを無視し、しかも、深夜繋留中の船を無断で乗出し、これを運転して停泊中の船舶より、その積荷を窃取し該船でこれを運搬逃走するため、深夜の海上を一時間余にも亘り航行(その距離約八粁余)し、警備艇に追跡逮捕されるまでの間、これを自己の支配内において使用するが如きは、その行為自体もはや許されるべき一時使用の域を逸脱したものと言わねばならず、結局被告人には、その間一時的にもせよ、終局的に権利者がその物を利用処分できる権利を完全に排除し、これを自己において利用(処分)する意思(いわゆる不法領得の意思)が存在したものと認定するのが相当であり、本件は、窃盗罪を構成するものと言わねばならず、右主張は採用できない。

(裁判官 西村清治)

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